GW期間中ドイツに来た母ちゃんをミュンヘン市中連れ回しの刑に処す

GW期間中にお母ちゃんがドイツに遊びに来てたので、
ミュンヘン市内を案内しました

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母ちゃんが前回2013年のミュンヘン訪問で、
いたく気に入ったマリエン広場に立つ新市庁舎。
今回も日を分けて、3回も拝みに連れていきました。


2年前にスマホを購入して以来、このブログを熱心に読んでるうちの母ちゃん。
さすがにコメントは書いてきませんが (;^_^A


そんな母ちゃんの思い出旅日記・備忘録として、
数回に分けてご紹介していきたいと思います。



68歳母ちゃんの
12日間ダラダラ休むヒマなし弾丸旅程

4月26日
福岡空港からシンガポール航空で出発。
チャンギ空港を深夜12時半ごろ出発


27日
早朝6時55分、定刻どおりにミュンヘン空港に到着
オハヨ━━(。☉౪ ⊙。)ノ゙━━ゥ!!


わしんちでは、ダンナがライフル射撃の銃や、
ドイツ軍予備軍で使う殺傷能力のすごいゴツイ銃、ピストルなど、
もちろん弾丸なしで母ちゃんに披露し、手に持たせてフォトシューティング☆



28日
ミュンヘン市街の町Dachau ダッハウにある
ナチスドイツ強制収容所を見学。

ミュンヘン市内で春のビール祭り Frühlingsfest フリューリングスフェストに行き、
焼きソーセージやニシンの酢漬けを挟んだパンを食べる



29日
ミュンヘン市内観光、バイエルン州議会議事堂を外から眺める。
デパート GALERIA Kaufhof ガレリア・カウフホーフで
12人分のバラマキお土産チョコやクッキーを59ユーロ分購入。
さらに別の日にも、追加で土産を購入。

マリエン広場近くの庄屋さんにて、とんこつラーメンを食す。


5年前に庄屋さんへ行ったときは、日本人スタッフさんがいましたが、
今回はアジア人のスタッフさんたちでした。時間帯によるのかな?


30日
スペイン マヨルカ島へ出発。
北部の海水浴保養地 Alcudia アルクディアに宿泊。
イメージ 2


 

5月1日
令和元年 新天皇・皇后陛下即位  ٩( ´◡` )( ´◡` )۶
アルクディアの城塞都市、ビーチを散策。
おめでたい即位式の日に、のほほんと海外で観光する非国民親子で、
天皇陛下、雅子さま、申し訳ございません! m(。≧Д≦。)m


2日
午前9時5分出発のコンドル航空でミュンヘンへ戻る。
アディオス、アミーゴ!


3日
またまたミュンヘン市内へ行く。
クリムト、ドガ、セザンヌ、マネ、モネ、ゴッホなどなど、
近代絵画の巨匠たちの作品を収めるノイエ・ピナコテークへ行くが、
2025年までの再建のため閉館で撃沈!(泣)


中世絵画・宗教画を収めるアルテ・ピナコテークには興味がないので、
ミュンヘン中心部のデパート Karstadtカールシュタットの
最上階セルフ式レストランで、ケーキとコーヒーのセット3.99ユーロで
3時間ほどしゃべくって居座る


4日
午前中は天気がよかったので、
車でアルプスに囲まれたキーム湖 Chiemseeキームゼーへ行き、
遊覧船に乗って、ルートヴィヒ2世の城 ヘレンキームゼーや、
女子修道院を見学


5日
母ちゃん シンガポール航空で日本へ出発 🛫ヾ(´;ω;`)o尸 サヨゥナリ~


6日
シンガポールでは18時間の乗り継ぎ待ち時間  _:(´ཀ`」 ∠): な、長げぇ・・・
無料バスツアーで2時間ほど市内観光。
深夜1時20分ごろチャンギ空港を出発


7日
早朝7時30分ごろ 福岡空港に到着 🛬  お疲れさまでした


せっかくドイツに来たから、家でダラダラせんでとことんミュンヘン、
近郊の町を見て回りたいという母ちゃん本人の希望で、、
毎日連れまわしの刑に処したわけです。





お母ちゃんは、どの建築物も撮り逃してなるものかっ!!( ✧Д✧) カッ!!

と、気合入れてスマホでバチバチ写真を撮りまくってましたが、
自分はミュンヘンの町はもう見慣れてるので、あんまり撮ってませんが、
ミュンヘンってどんなとこ?
という方のために、へたくそな写真ですがご紹介します




滞在2日目の4月28日(日)
ミュンヘン郊外 Dachau ダッハウにある、ナチスドイツの強制収容所を見学。
KZ-Gedenkstätte Dachau


ダッハウ収容所は、自分はいつでも行けるし、
すでに3回目の見学だったので、今回写真は撮りませんでした。


2013年の夏に見学した際撮影しましたが、
どのSDカードにデータが入ってるのか、わから~ん! ◝(๑⁺д⁺๑)◞

なので、収容所の写真なしで紹介、ごめんなさい。



しかし、ミュンヘンにお越しの際は、ぜひともダッハウへ足を延ばし、
人類史における負の遺産である強制収容所を見学し、
凄惨な歴史と人間の恐ろしさ・過ちに目を背けることなく向き合い、
平和や人権の尊さについて、
改めて真摯に向き合うきっかけになってもらいたいです。


収容所内の火葬場・ガス室へ行く途中にある石碑に刻まれた言葉

Denket daran,wie wir hier starben.
我々がどうやってここで死んでいったのか考えよ


全人類の魂に訴えかけ、重く刻み込まれる鋭い問いかけではないでしょうか?
ずっとこの言葉が脳裏に焼き付いてます。



第6代 ドイツ大統領 ヴァイツゼッカー大統領の、
1985年連邦議会における有名な演説

ARD放送のHP tagesschau.deに掲載されている演説全文より、
個人的に一番感銘を受ける部分を抜粋・翻訳。
へたくそな翻訳ですんません r(≧ω≦*)スマンスマン

44分に及ぶ演説動画も掲載されてます。
ただしドイツ語で、日本からも見れるかは不明


Wir alle, ob schuldig oder nicht, ob alt oder jung, müssen die Vergangenheit
annehmen.
Wir alle sind von ihren Folgen betroffen und für sie in Haftung genommen.
Jüngere und Ältere müssen und können sich gegenseitig helfen zu verstehen,
warum es lebenswichtig ist, die Erinnerung wachzuhalten.

Wer aber vor der Vergangenheit die Augen verschließt,
wird blind für die Gegenwart.

有罪・無罪、老若問わず、我々はみな、過去を受け入れねばならない。
我々は皆、過去の結果に対する責任を負っており、
なぜ過去の記憶を保ち続けることが生きる上で重要なのかを理解するため、
若者も年老いた者も、互いに助け合わねばならないし、助け合うことができるのだ。


過去に目を閉じる者は、現在においても盲目である。



私は戦争を知らない1978年 昭和53年生まれです。
第二次大戦における大日本帝国やナチスドイツの戦犯行為には全くの無縁です。

しかし、平和のためには、過去の凄惨な歴史に目を向けそこから学び、
未来へ語り継いでいく必要が、風化させてはならない義務があると思います。

1人1人の、微力ではありますが認識が大事だと思います。
それがやがて大きな思想の潮流となって世界を変えていく・・・


今日はいつになく、スケールのデカい臭いこと言ってますけど・・・(;´Д`A ```


へっ、過去は過去、そんなの関係ねー ( ゚Д゚)ハァ?
収容所よりもミュンヘンのデパコス漁り、カフェ巡り、ブランドショップ巡りした~い❤

そういう人はヴァイツゼッカー大統領の言うように、盲目のまんま、
何も学ばず、軽薄な人生を引き続き謳歌してくださーい



霊感があるので収容所見学は体調に異変をきたしそうで、ちょっと無理・・・
という方は仕方ないですけど、ミュンヘンのすぐ近くにあり無料なので、
ぜひ多くの人に訪れて学んでもらいたいと思うのであります。




と、真面目なことを書いた後で、不謹慎なことを口にするのは憚られますが、

ダッハウ 闇の都市伝説

Dachau ダッハウの車のナンバーは DAHで表記されます。


このダッハウナンバー DAHは、
ナチスドイツの収容所があることから、
ネオナチの間では Danke Adolf Hittler ダンケ  アドルフ・ヒトラー
ありがとう アドルフ・ヒトラーの略 と呼ばれてるという都市伝説があるもよう。


射撃仲間のまーったく外国人排斥主義者ではない、
健全・平和主義なドイツ人夫婦が教えてくれた都市伝説ですが、
ブラックジョークにしても、笑えねぇ・・・ (;´༎ຶД༎ຶ`;)


ちなみにこの夫婦曰く、どんなにダッハウの土地や住居費が安かったとしても、
暗い歴史を背負ってる町だし、車のナンバーの語呂がいやなので、
住みたくないそうです。





ダッハウ収容所見学後は、ミュンヘン市内へ戻り、
Theresienwiese テレーズィエンヴィーゼで行われていた、春のビール祭りを見学。
ビール祭りと言っても、敷地内のほとんどが移動式遊園地のアトラクションで、
若者や子連れ客で賑わっていました。


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ここテレーズィエンヴィーゼでは、毎年9月中旬から10月の初めまで、
世界最大のビール祭り オクトーバーフェストが盛大に開催され、
移動式遊園地が設置されますが、ビールを飲む巨大テントが立ち並び、
バイエルン民謡やドイツ歌謡曲シュラーガーが鳴り響き、連日大盛況です。

イメージ 27
テレーズィエンヴィーゼのバイエルン州の女神バヴァリア像



最後にここを訪れたのは、2014年のオクトーバーフェストで、
今回5年ぶりに訪れましたぜ (ꐦ ´͈ ᗨ `͈ ) ‘`,、


ミュンヘン郊外に住んで6年になりますが、
3回しかオクトーバーフェストに行ってません。

酒が飲めんワシにゃぁ、
オクトーバーフェストに来てもつまんねーし、人は多いし、1回で十分ですたい。


ワインもビールも飲めないなんて、ドイツ生活もったいねぇ~と
在独日本人によく言われますが、
うるせぇほっとけっ!!💢 (╬ಠ益ಠ)ゴルァ!!




しかしせっかくなので、オクトーバーフェストのようすをご紹介しますね

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入り口の ようこそオクトーバーフェストへ看板
2013年10月に撮影



パウラーナービールを飲ませるアルプスの小屋風大型屋内テント
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イメージ 26
ジェットコースターを始め、各種絶叫マシンや乗り物アトラクションのほか、
昔懐かし回転木馬や射的屋台、お化け屋敷などもあります






4月29日 くもり時々小雨
SバーンをIsartor イーザートーア駅で降り、Isar イーザル川のほとりを散策。
※S-bahn Sバーンとは、都市近郊列車網のことです

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St. Lukas ザンクト・ルーカス教会
プロテスタント系の教会 1893~96年建立

ミュンヘンに住んで6年目になりますが、
こんな立派な教会があるの知らんかった!テヘッ☆( ´ ਊ ՞ )ゞ



あまりにも写真写りが暗すぎたので、明るさ調整をしました
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飛行船が飛んできたので、いい被写体構図でシャッターチャンスでしたが、
ちょっとタイミングを逃しました
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1893~1896年に建てられた、ロマネスクとネオゴシック様式を織り交ぜた
プロテスタント教会。
カトリックが主流のミュンヘンにおいて、
3番目に建てられたプロテスタント教会だそうです。




ルーカス教会を眺めつつ、イーザル川の中州 Praterinsel プラーター島を歩き、
橋を渡って、バイエルン州議会議事堂や高級ブランドショップが軒を連ねる
マクシミーリアン通りを歩くと、州立歌劇場に出ます。
イメージ 11
2013年11月 ミュンヘン初訪問の母ちゃん 



州立歌劇場から新市庁舎のあるマリエン広場へは、歩いてすぐです

イメージ 7
広場のSバーン・地下鉄駅通用口前にある花の植え込みがきれいでしたが、
観光客は誰も花には目もくれず、市庁舎ばっかり撮影していたので、
人とは違う構図で撮ってみました。


イメージ 8
チューリップやスイセン、ヒナギクなどが丹精込めて植えこまれ、
こんなにきれいに咲いてるのに、みんな目の前の市庁舎ばかり撮影して、
誰も花に目を向けません・・・ ゥゥ。・(つд`。)・。



一般的によく写される市庁舎の撮影構図
イメージ 10




イメージ 9





2018年 5月、甥っ子が来たのでミュンヘン市内を案内してた時、
マリエン広場駅で降りたら、たまたま出くわした
バイエルン・ミュンヘンのリーグ優勝祝勝会 チッ💢(((-’д-)y-~ イライラ
イメージ 12
甥っ子(当時7歳)はVfBシュトゥットガルトファンで、
わしも甥っ子もアンチ・バイエルンなので、
この時ドイツ代表 ミュラー選手がトークしてたけど、
ろくすっぽ聞かずにこの場を去りました (#`皿´)ノ゛ アバヨッ💢





新市庁舎の斜め向かいに建つ、
ザンクト・ペーター教会 St.Peter を臨む
イメージ 13
【Wikipedia ドイツ語より簡単に抜粋】
ミュンヘンで最も古いカトリックの教区教会で、
1278年より、ロマネスク様式からゴシック様式のバシリカへ変遷。

その後、1327年2月のミュンヘン大火で被災。
1607年には2つあった塔の尖塔が落雷で壊滅。
中期バロック、後期バロックへと改築変遷。

第二次世界大戦でもまたまた打撃を受け、
戦後1951年9月8日に尖塔に十字架を架け、
10月28日に再建完成の祝典を開催した。


Alter Peter アルター・ペーター 老ペーターのあだ名がある教会の塔には、
306段の階段を登って上がりますが、
ふだんスポーツを全くしてない68歳の母ちゃんには無理なので、
新市庁舎の塔の展望台から市内を一望。

新市庁舎の塔 開館時間と料金 ※2019年5月時点
月~土 10時~19時
日祝日 10時~17時  いずれも閉館 15分前でエレベーター利用は終了

チケットは新市庁舎の1階(地上階)にある
ツーリストインフォメーションで購入して下さい。
チケットっつっても、レシートなんですが・・・ ( ゚Д゚)ハァ?

大人4ユーロ  6歳以下の子ども 無料
18歳まで1ユーロ
大学生、シニア、10名以上の団体さま 3ユーロ



眼下の市庁舎前 マリエン広場と旧市庁舎
写真中央、とんがり屋根の塔を持つ建物が旧市庁舎で、塔はおもちゃ博物館です
イメージ 14
ミュンヘン観光で、この塔から撮影する際は、カメラやスマホを落とさないよう、
気をつけて撮影してくださいね
((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル



青銅色の玉ねぎ屋根がミュンヘンのスカイライン的シンボル
フラウエン教会 Frauenkirche フラウエンキルヒェ
イメージ 15
1468~1488年 後期ゴシック様式で建立。
もとは1269年ヴィッテルスバッハ家が現在の地に、
マリア礼拝堂を建てたのが始まりで、
1271年フライズィングの司教コンラート2世の推進により、
ミュンヘンで2番目の教区教会へと昇格。
後期ロマネスク様式3層の教会だったもよう。

【参考出典より翻訳・要約】
Wikipedia ドイツ語 Frauenkirchek(München)
Historisches Lexikon Bayerns のHP





オデオン広場 Odeonsplatz オデーオンスプラッツ方面
黄色のテアティナー教会 Theatinerkirche テアティナーキルヒェを臨む
イメージ 16
写真左奥には、1972年開催のミュンヘンオリンピック公園にある
テレビ塔が見えとります




テアティナー教会の名で呼ばれるバロック様式の
聖カエターン参事会教会
Stiftskirche St.Kajetan  シュティフツキルヒェ  ザンクト・カイェタン
イメージ 18
【テアティナー教会のHPより翻訳・抜粋】
1663~1688年 創建
1676~1690 塔部分の建築・完成
1765~1768 正面部分(ファサード)の建築・完成

身廊   長さ 72.50m   幅 15.50m  高さ 28.55m
ドーム  直径 17.70m  高さ 70.20m
塔の高さ 64.60m   座席数400




務所の鉄格子から、娑婆を眺めるオバハン囚人
イメージ 17





5月3日 1日中雨

美術館 ノイエ・ピナコテークへ向かうが、改築工事のため2025年まで閉館。

地下鉄 マリエン広場駅の、オリンピック公園方面、アリアンツアレーナ行き乗り場
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Sバーン、地下鉄Uバーンのマリエン広場駅 Marienplatz マリーエンプラッツ
ミュンヘン市内では、各駅に色が割り振られていて、
マリエン広場駅はオレンジ色です。


ここはエスカレーター以外にも、うすぐらい階段で
Sバーンと地下鉄を行き来できますが、
sバーンからの薄暗い階段と踊り場が、
いつも小便臭いのです。

実際、小便らしき黄色い水溜まりがある時もあります (;´༎ຶ益༎ຶ`;)きったねぇなぁ・・・

母ちゃんもやっぱり、ここは小便臭いって言ってました。




マクシミーリアン・ルートヴィヒ大学の近くの凱旋門
この日は雨が降ってたので、暗い画像で申す訳ねっ!r(≧ω≦*)スマンスマン
イメージ 20
写真手前側がレオポルト通り Leopoldstr.
凱旋門の向こう側が ルートヴィヒ通り Ludwigstr. と、
ザンクト・ルートヴィヒ教会 St.Ludwig



私は森鴎外よりも夏目漱石派なので、
鴎外の作品は「高瀬舟」、「山椒大夫」、「雁」ぐらいしか完読しておらず、
ドイツが舞台の「舞姫」は高校の教科書に出てたので、20数年前のうろ覚え程度。

ミュンヘンが舞台の「うたかたの記」に、この凱旋門が出てくるそうです。

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長さ24m、幅12m、高さ21m
バイエルン州の象徴的女神バヴァリアと獅子4頭に引かせたクアドリガ
(古代の馬車戦車) クァドリガの重量20トン

Bayern バイエァン のラテン名 Bavaria バヴァリア


ベルリンのブランデンブルク門の馬4頭立てクアドリガは気品漂う美しさですが、
ミュンヘンのは雄壮・獰猛な顔つきで迫る、勇猛果敢な獅子戦車!

ブンデス3部 ミュンヘンの蒼き獅子 1860ミュンヘンが大好きなわしは、
断然こちらに軍配を上げます!( ✧Д✧) カッ!!



ラテン名バヴァリアついでに、
どーでもいい知識をもう一発☆

ドイツ人だんなと義弟が雑学のクイズカードゲームをしてたとき、

「ブンデスリーガ ボルシア・ドルトムントやボルシア・メンヒェン・グラートバハの
ボルシアとは何のことでしょうか?」

という質問カードが出てきて、だんなが答えを私に振ってきたので、
プロイセンのラテン語読みって教えたら、

「すげーっ!!マジで正解やん!! Σ(´༎ຶ益༎ຶ`;) 」

と、答えを知らなかった義弟に感心されたのでありました。


オラよ、いつもサッカーネタばかり書いて、お下劣文章で下ネタ発言も多いけど、
地理や歴史、芸術に興味があるんだど~
テヘッ☆( ´ ਊ ՞ )ゞ

ここ最近は太宰治の「津軽」を読んでます




というわけで、まだまだ見どころ満載のミュンヘンですが、
今回の母ちゃん滞在で回った、主だったスポットのご紹介でした。



お次は、
アイルランドのどケチLCC ライアンエアーで突撃!
スペイン マヨルカ島 2泊3日旅行記をお送りしまーす

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イメージ 23


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非公開コメント

No title

その ARD の演説の動画、見られます。ただ、悲しいかな。何言ってるんだか分かりません。

ミュンヘンは、やっぱり南ドイツだからカトリックが多数派だけど、プロテスタントの教会もあるんですね。ドイツって、カトリックとプロテスタントが半々だそうで。それでも仲良くやってるんですね。

英語でバイエルンのことは Bavaria と言うんですよ。ミュンヘンは Munich 。 これ、元はラテン語なんですか。もっと困るのは、イタリア語でミュンヘンが Monaco と、地中海沿岸のモナコ・グランプリが行われるモナコと同じスペル・発音になること。

イタリア語は最もラテン語に近い言語だと思っていたけど、なんで、ミュンヘンがモナコ??

あ、それから、ちらと見たマヨルカ島の海、綺麗ですね〜。ドイツ人が押しかけるわけだ。旅レポ、楽しみにしていますね〜。

No title

親孝行ですか?

No title

> yan_yanさん

ARDの演説はドイツ語でわからないとのことだったので、スティーブ・ジョブズみたいに日本語訳の動画がないか検索したらありました!ヴァイツゼッカーでユーチューブ検索してみてください。

大統領の名言「過去に目を閉じる者は現在においても盲目である」は、20歳ごろに読んだ偉人たちの対談集にあった言葉で、とても感銘を受けた言葉です。

英語でもバヴァリア表記ですか。ミュンヘンはイタリア語だとモナコとは紛らわしい~(笑)

そういえば、ミュンヘンMünchenの名前は、もともと修道士Mönchメンヒが由来しており、町の紋章も横を向いた修道士がかわいく描かれてるんですよ。

ひょっとしたら?と思い、イタリア語の修道士という単語を調べたらMonacoでした!
それでミュンヘンがモナコになるんですね。納得!

さらに調べたら、紋章に描かれた修道士が1118年にMunichen 修道士さんという愛称になり、ミュンヘンという町の名になったようです。
Munichは古高ドイツ語で、現在の修道士Mönchの元になった言葉です。

No title

> 1082001(紫音)さん

コメントありがとうございます♪

親孝行…と呼べるのかどうかわかりませんが、(;^_^A
母は連日疲れていたとは思いますが、毎日行く先々楽しんで観光してくれました。
体が元気なうちにまだまだ遊びに来てもらい、今度はゆっくり長期間滞在してもらいたいと思ってます。
プロフィール

ぶんすけ

Author:ぶんすけ
ドリフは長介、工事派です

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